小動物臨床家のための電波メス手技の教科書

【獣医科】Case report AB 獣医科症例紹介

監修:中山 正成先生(中山獣医科病院(奈良)会長)

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CONTENTS

・皮下腫瘍および隆起性腫瘍の切除
・各部位における腫瘤切除
         〇口腔内腫瘤の切除
         〇眼瞼腫瘤の切除
         〇乳腺腫瘍の切除
         〇肉球の腫瘍(メラノーマ)
         〇限局性石灰沈着症
・シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング
・バイポーラフォーセップによる卵巣動静脈の簡易的なシーリング(猫)


「小動物臨床家のための電波メス手技の教科書」を監修して

今回は小動物臨床医が明日からでも実践していただけるように、一般的な動物病院で日々行われる手術症例を中心に私が手術した症例をまとめました。
電波メスは汎用性が広いことから、これ1台で大体の外科的処置に対応することができます。
私も20数年前からエルマン社のサージトロンを使用しておりますが、周辺組織への侵襲が少なく、微細な切開・凝固が可能な電気手術器です。
メス先が針状のものからループ型のものまで揃っており、金属メスよりはるかに微細な手術が可能です。
焦げない、再出血のリスクが少ないだけでなく、周囲への熱の影響が少ない事から眼瞼部の手術にも適応できます。
去勢・避妊の手術ではバイポーラフォーセップを使って動静脈を凝固することで、結紮なしで直径5mmまでの血管まで対応できます。
もちろんシーリング専用のものではないので、1回の通電では凝固幅が小さいため通電部をずらして2~3回は通電を繰り返さなければならないですが、非常に簡易的に操作できます。
本書は電波(高周波ラジオ波)メスを使用するにあたり、診療の一助となるテキストとしてご利用いただけると幸いです。

中山 正成 先生
中山 正成 先生 中山獣医科病院(奈良) 会長
北里大学獣医学科 卒業
中山獣医科病院 開業
医学博士号(奈良県立医科大学) 取得
獣医学博士号(北里大学) 取得
日本小動物外科設立専門医
獣医学術功労賞 受賞(2014年)



皮下腫瘍および隆起性腫瘍の切除

皮下腫瘍の切除

皮下腫瘍の切除1-1
図1-1


隆起性腫瘍の切除

隆起性腫瘍の切除1-2
図1-2

症例解説:
動物の体を構成する細胞は、定められた範囲内で再生や増殖を繰り返す。しかしその一部が、個体自身の規律をまったく無視して、勝手に増殖してしまうことがある。これが腫瘍である。近年、ペットの腫瘍発生率 は増加傾向にある。この原因として、獣医学の発展により犬猫の寿命が飛躍的に延びたことや、その発見率が向上したことが挙げられる。犬が腫瘍になる確率は人間のおよそ2倍で、人間と同様にガンが死因のトップになる日もそう遠くはないと言われている。
腫瘍は生物学的かつ臨床的な見地から、良性腫瘍と悪性腫瘍とに分けられる。良性腫瘍は一般的に発育速度も遅く、その影響は発生した場所に限られることが多く、生命を脅かす危険性はわずかである。それに対し悪性腫瘍は、発育速度が速く、他臓器への転移など全身的な影響もきわめて大きく、死に直結することもある。全身的な症状や画像診断に併せて、細胞診などの病理学的検査によって腫瘍の種類、タイプ(良性・悪性)を診断する。どのような腫瘍であるかによって内科的療法、外科的療法を決定し、場合によっては放射線療法や免疫療法なども組み合わせて、治療を行う。犬の腫瘍発生部位のトップは皮膚・軟部組織で、全腫瘍のうち約60%をこの部位が占める。腫瘍を摘出する方法として、メスで皮膚を切開して、皮下は出血を伴うので、電気メスやレーザーを用いるのが一般的であるが、当院ではサージトロンで、メス先はエンパイアニードルを使って施術している。皮膚切開には「エンパイアニードル」を用い、電極を垂直にすることで熱変性を抑える。また、電極を寝かせて組織との接触面積を大きくし止血力を高める。表皮を筆でなぞるように軽く切開し、皮下組織では電極をやや傾け、接触面を広く持たせることで、止血を抑えながら切開が行える。切開面は熱侵襲が少なく、焦げもなく、術後の瘢痕も残らず、金属メスと同等の創傷治癒を期待できる。

治療の流れ:
イソジンで患部およびその周辺部の皮膚を清潔にする。エンパイアニードルを用いCUTモードで皮膚を切開する。このとき針先を垂直に立て、先端の尖った部分だけ皮膚に当てて、軽くなぞるように浅く切開する。鑷子で皮膚の端を持ち上げ、BLENDモードで腫瘍を剥離していく。このとき針先ではなく、通電部の側面から組織に当てると、止血優先で剥離を進めることができる。(図1-1)(図1-2)

使用電極:
エンパイアニードル電極 EE305
シャフトの長さ:30mm
電極外径:0.6mm
出力モードと出力:CUT:10~15、BLEND:15~20、COAG:15~25



皮膚をサージトロンで切開して、術後の癒合は大丈夫ですか?


金属メスで切開した場合と差はありません。個人的に皮膚の抜糸は術後2週間と決めていますが、その期間が長引くとか、抜糸後にキズが開くということはありません。また、傷跡も瘢痕になることもありません。




各部位における腫瘤切除

口腔内腫瘤の切除

口腔内腫瘤の切除2-1
図2-1

症例解説:
口腔内の腫瘍は乳腺腫瘍、皮膚腫瘍、肥満細胞腫についで4番目に多い腫瘍である。よく見られる腫瘍として、悪性腫瘍では、悪性黒色腫、扁平上皮癌、線維肉腫、良性腫瘍では歯肉腫(エプリス)がある。これらの腫瘍の性格は、それぞれ大きく異なり、見た目だけでは確定診断はできない。性格が大きく異なるゆえに、腫瘍によって手術の大きさや方法、他の治療法やインフォームドコンセントは大きく変わってくる。よって、口の中にしこりがあった場合、しっかりとした診断のもと、適切な治療を行わなければならない。

治療の流れ:
イソジンで患部およびその周辺部の皮膚を清潔にする。
ラウンド型ループ電極を用いてBLENDモードで腫瘤をすくい取るように切除する。通電してから切除する組織に電極を当てて切り始めるとスムーズに切ることができる。ループは病変組織に引っかからないように動かす。取り残された病変はさらにループ電極で削りとる。(図2-1)

使用電極:
ラウンド型ループ電極 B1D
シャフトの長さ:32mm
電極外径:6.4mm
出力モードと出力:BLEND:30~40、COAG:30~40





眼瞼腫瘤の切除

眼瞼腫瘤の切除2-2
図2-2

眼瞼腫瘤の切除2-3
図2-3

症例解説:
眼瞼に発生する腫瘍にも単純なイボのような物から良性腫瘍や悪性腫瘍(癌)まで様々な新生物が発生する。
眼瞼に腫瘤ができると、角膜を刺激するので涙や目ヤニが沢山出るようになる。本人が腫瘍を気にして目を擦ってしまい角膜に傷がつくこともある。眼瞼の腫瘍は高齢動物に多くみられる。腫瘍表面のみの処置では瞼の裏側にまで大きく浸潤してしまうこともある。また、悪性腫瘍(癌)であった場合は転移したりして手遅れになる場合もある。たとえ高齢といえどもしっかり話し合って検査状況に応じて適切な処置をすることが大切である。
治療法としては金属メスで切除する方法、鎮静下でレーザーなどで焼く方法、凍結療法などもある。金属メスでは出血が多く、表面だけをレーザーで蒸散させる方法は再発することもしばしばある。サージトロンでの切除は熱変性が少ないので、眼球付近の処置も可能であり、止血力もあるので手術時間も短縮も可能である。

治療の流れ:
イソジンなどの消毒剤で患部およびその周辺部の皮膚を清潔にする。
眼瞼腫瘤を鑷子でつまみ、軽く引っ張る。腫瘤の根元をエンパイアニードルもしくはループ電極を用いてBLENDモードで切除する。鑷子で腫瘤を引っ張り過ぎた状態で切除すると、陥没する可能性があるので注意が必要である。(図2-2)(図2-3)

使用電極:
エンパイアニードル電極 EE305
シャフトの長さ:30mm
電極外径:0.6mm
出力モードと出力:BLEND:20~30

ラウンド型ループ電極 B1D
シャフトの長さ:32mm
電極外径:6.4mm
出力モードと出力:BLEND:20~30





乳腺腫瘍の切除

乳腺腫瘍の切除3-1
図3-1

乳腺腫瘍の切除3-2
図3-2

乳腺腫瘍の切除3-3
図3-3


症例解説:
犬の乳腺腫瘍の約半数が悪性であるので、根治するためには、外科療法(外科手術で乳腺を切除する)が第一選択になる。
その他に、放射線療法やホルモン療法などもあるが、あまり期待できない。
外科療法では、片側の乳腺を全て取るので腫瘍の取り残しが少なくなる。
デメリットは手術侵襲が多くなる事で、使用する医療機器や術者の手技でカバーする必要がある。
乳腺腫瘍では止血目的で電気メスやレーザーが使われるが、熱の侵襲により術後の疼痛が激しかったり、患部の癒合が遅かったりする。
サージトロンでは最小限の熱で操作できるので、術者の手技次第で低侵襲で止血することが可能である。

治療の流れ:
イソジンで患部およびその周辺部の皮膚を消毒する。
乳腺腫瘍の状況に応じて手術範囲を決定する。
切除範囲を広めに設定する。エンパイアニードルを用いCUTモードで皮膚を切開する。(図3-1) このとき針先を垂直に立て、先端のった部分だけ皮膚に当てて、軽くなぞるように浅く切開する。血流のある皮下組織はBLENDモードで通電部の側面を用いて、止血しながら切開を進めていく。(図3-2)
犬の乳腺尾側端は陰部手前まで伸びているので、できる限り切除する。
第5乳腺は外陰部浅腹壁動静脈を結んで切断すると鼠径リンパ節も切除される。
切除中に出血した場合はバイポーラフォーセップにて部分的に止血する。(図3-3)
縫合においてはテンションが強いと皮下出血を生じやすい。皮膚縫合部に段差があると痂皮ができて治癒が遅れ、皮膚が薄いと皮下結紮部が埋まらず治癒が遅れることもある。
皮下を縫合する際、真皮断端を同じ深さで拾いながら連続縫合(皮内縫合)することで、これらの問題は細小にできる。術後は、エリザベスカラーを使用し、腹部はネット等で覆って自己損傷を防ぎ、問題がなければ翌日退院できる。

使用電極:
エンパイアニードル電極 EE305
シャフトの長さ:30mm
電極外径:0.6mm
出力モードと出力:CUT:15~25、BLEND:20~30、COAG:20~30


サージトロンはスプレー凝固ができないので、スプレー凝固ができる機種のどちらにするか迷っています。機種選定の指標があれば教えてください。


スプレー凝固を選択する必要はありません。





肉球の腫瘍(メラノーマ)

肉球の腫瘍(メラノーマ)4-1
図4-1

肉球の腫瘍(メラノーマ)4-2
図4-2

肉球の腫瘍(メラノーマ)4-3
図4-3

肉球の腫瘍(メラノーマ)4-4
図4-4


症例解説:
犬のメラノーマは口腔内、四肢先端部、口唇の皮膚粘膜境界部に好発する。口腔の黒色腫は例外なく悪性であるのに対し、皮膚黒色腫の大部分は良性であるが、指や爪・肉球に発生するものは悪性の率が高く転移することがあるので早期の切除が望ましい。

治療の流れ:
イソジンなどの消毒剤で患部およびその周辺部の皮膚を清潔にする。
眼瞼腫瘤を鑷子でつまみ、軽く引っ張る。
腫瘤の根元をエンパイアニードルを用いてBLENDモードで切除する。
出血が伴う場合はCOAGモードで切除する。(図4-1)(図4-2)(図4-3)(図4-4)

使用電極:
エンパイアニードル電極 EE305
シャフトの長さ:30mm
電極外径:0.6mm
出力モードと出力:BLEND:15~20、COAG:20~30


止血力が一般の電気メスに比べて弱い気がしますが、止血のコツはありますか?


エンパイアニードルであれば、電極を寝かせてゆっくりと切り進めることで止血力は上がります。
組織との表面積を大きくするのがコツです。
出力をむやみに上げすぎると、切開力が増してしまいかえって止血ができなくなり、炭化の原因にもなります。


電気メスでは脂肪が切れにくい経験がありますが、脂肪を切開するコツやおすすめの出力設定などあれば教えてください。


サージトロンで脂肪が切れにくいということはありません。 脂肪を広げるようにテンションをかければ、皮膚切開と同様の出力で切開できます。





限局性石灰沈着症

限局性石灰沈着症5-1
図5-1

限局性石灰沈着症5-2
図5-2

限局性石灰沈着症5-3
図5-3

限局性石灰沈着症5-4
図5-4

限局性石灰沈着症5-5
図5-5


症例解説:
限局性石灰症は異栄養性、転移性、医原性または特発性にカルシウム塩が軟部組織に沈着する疾患であり、皮膚においては外傷部や圧点または注射部位などに病変が認められる。
若い大型犬の舌でも限局性石灰沈着を起こすことがある。これは舌の外傷や慢性的に歯が当たる所に炎症性の反応が起きて石灰が沈着する。
放置しておくと肥大し、更なる外傷や食事の妨げになるので早めの処置が望ましい。(図5-1)(図5-2)

治療の流れ:
舌は血管が豊富なので、切開時の出血が多い。(図5-3)
切開はエンパイアニードルとバイポーラを用いて止血を頻繁に行う必要がある。
切開部の内部を縫合して舌表面を連続ブランケットステッチ法で縫合する。(図5-4)(図5-5)

使用電極:
エンパイアニードル電極 EE305
シャフトの長さ:30mm
電極外径:0.6mm
出力モードと出力:CUT:10~15、BLEND:15~20、COAG:15~20

Ace-TipTMバイポーラ・フォーセップ ACBF-017
全長:189mm
電極外径:1.5mm
出力モードと出力:BIPOLAR:5~15





シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング

シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング6-1
図6-1

シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング6-2
図6-2

シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング6-3
図6-3


症例解説:
避妊で卵巣の動静脈を結紮すると希に縫合糸肉芽腫(縫合糸反応性肉芽腫)という縫合糸が原因でおきるアレルギー疾患がある。近年、獣医系の学会や論文で多数症例報告があがってきている。どのような犬種でも起こりえる病気であるが、ミニチュアダックスフント、シーズー、チワワ、シェルティ、マルチーズ、トイプードル、雑種などで報告がある。最近の報告では圧倒的にミニチュアダックスでの発生が多いと言われている。手術を行うにあたって、血管を結紮したり、組織を縫合したりするには外科用の縫合糸が必要になる。しかし、どのような素材の縫合糸を利用したとしても生体にとっては「異物」という事になるので、縫合糸の使用部位で大小の差はあるが組織反応が起きることになる。当然この糸は滅菌状態で使用されるが、何年経っても生体内に残存するという特性をもっている。この非吸収性の性質が過度の組織反応を惹起していると考えられる。最近ではいわゆる「溶ける糸」、合成吸収性縫合糸が用いられることが多くなっているので、もし吸収性糸による強い組織反応が出たとしても、その糸が生体内に吸収されてしまうまでの期間なんとかしのげれば大事には至らないといえる。
しかし、理想としては体内にできるだけ異物である糸を残さない手術(無結紮手術)をするべきであろうと考えられる。そこで動静脈を凝固(シーリング)してしまえば、糸を使う必要がなくなる。血管シーリングの専用機がいくつかのメーカーから販売されており直径7mmまでシーリングすることが可能と言われている。サージトロンもシーリングデバイスを接続して使用できる。
シーリング専用機ではないため、機器がインピーダンス検知によりシール完了を判断する機能はないので、術者の判断で通電を止める必要があるが、RFの特性上長めに通電したとしても組織を過度に変成することはなくシーリングに適した凝固が容易である。

治療の流れ:
動静脈の切断する箇所をシーリングデバイスで挟み、出力15で約5秒間通電する。(図6-1)
シールが不十分と感じれば通電部を少しずらし再度シールを行う。
5mm以上の血管や脂肪が付着している血管は出力を適宜上げて通電する。
十分にシールできたと確認(図6-2)したらシザーズで切断する。(図6-3)

使用電極:
バイポーラシーリングデバイス
全長:190mm
把持長:19mm
通電部の幅:4.0mm
先端形状:カーブ
出力モード、出力および通電時間:BIPOLAR:15~25、通電時間:5~10秒





バイポーラフォーセップによる卵巣動静脈の簡易的なシーリング(猫)

シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング7-1
図6-1

シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング7-2
図6-2

シーリングデバイスによる卵巣動静脈のシーリング7-3
図6-3


症例解説:
動静脈の切断する箇所をバイポーラフォーセップ(ACBF-017)で挟み、組織が白く凝固されるまで通電する。(図7-1)
通電部を左右に1~2mmずらし、同じ手順で凝固を繰り返す。十分に凝固できたのを確認して、シザーズで切断する。(図7-2)
結紮なしで5mmまでの血管まで対応できる。
もちろんシーリング専用のデバイスを使用せずバイポーラフォーセップによる簡易的な方法なので、通電部を左右にずらし、必ず2回以上は凝固を繰り返してください。

使用電極:
Ace-Tipバイポーラフォーセップ ACBF-017
全長:189mm
電極外径:1.5mm
出力モード、出力および通電時間:BIPOLAR:10~25


何mmまでの血管をシーリングできますか?


シーリングデバイスを使えば5mmまでシーリングできます。
それ以上の太さの血管であれば通電部をずらして2~3回繰り返しシーリングしてください。


犬は血管が太いですが、猫同様にバイポーラで動静脈をシーリングできますか?


はい、可能です。


脾臓摘出でも血管を縛ることがありますが、そのときも同様にシーリングできますか?


はい、可能です。





発行元

日本RF手術研究会
 
※ ellman-Japan 広報チームからのお願い ※
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